その件は結婚してからでもいいでしょうか
美穂子ははっと思い至った。
八代さんの話をするとき、先生の顔はまるで恋をする中島悠馬くんのような表情だった。
だからわたし、先生のその表情にドキッとしたんだ。
中島悠馬くん、そのものだったから。
『誤解だ。あの子はそんな対象じゃない』
先生は、八代さんにわたしのことを誤解されたくなかった。
我に帰って、わたしを見たら、八代さんじゃなかった。
好きな女性じゃなかったってだけ。
美穂子はスケッチブックを膝に置いたまま、力が抜けてしまった。
胸がえぐられる。
漫画の中の女の子たちは、そう言って涙を流す。つられてわたしも泣いたりしてたけど、あんなのは大したことなかった。疑似恋愛なんだもの。痛みもつくりもの。
でも。
美穂子は胸に手を当てる。
この痛みは、本当。だって先生のこと本当に……。
「好きだもの」
美穂子の頬に、すっと一筋の涙が流れる。
二次元に恋したままならよかった。こんなに辛い気持ちになんかならなかった。三次元なんか、いいことない。傷ついて、悲しんで、涙ばっかりが流れる。
スケッチブックを床に落とし、美穂子は顔を覆った。
先生が八代さんを好きなんだったら、わたしはどうしたらいいんだろう。仕事のために経験するだけじゃなくて、わたしは先生の心がほしかった。自分を見てほしかった。
だって、好きだもん。すごく好きだもん。自分のものにしたいんだもん。
体も、心も、全部。