その件は結婚してからでもいいでしょうか
「はじめまして、桜よりこです」
先生が頭をさげる。
「えーっ」
翌日のアシ部屋に、驚きの声があがった。
「アシスタントの半分の人に正体を知られてるんだったら、もうどっちでもいいや」と投げやりになってしまった先生は、とうとう部屋を通じるドアの鍵を外してしまった。
小島さんは目をまん丸くして、あからさまに指差した。
「桜先生だったの!?」
美穂子の方を見て口をパクパクしている。
「やば。わたし結構失礼なこと言ったかも」
小島さんは首をすくめた。
「えーっと、この件は他言無用でお願いします。少女漫画を男性が書いてると知ると、失望してしまうファンの方もいますので」
ちらっと美穂子を見る。
美穂子は「ははは」と頭をかいた。
「じゃあ、今日も宜しくお願いします」
先生が自室に引き上げようと背をむけたると、山井さんがほくほくした様子で「先生に関することは、わたしが一手に引き受けますので」と宣言した。
「先生のお茶、お食事、なにもかも、チーフとして責任を持ってお世話させていただきます!」
目がキラキラ輝いてる。
美穂子は心の中でげんなりしてしまった。
山井さんの「先生愛」が濃厚で、先生も昨夜は扱いに困っていた。おふろから何から、全部について回る。
『山井さん、そんなにしていただかなくても』
先生がやんわり断っても
『いえ、わたしアシのチーフですから』の一点張りだ。