その件は結婚してからでもいいでしょうか

部屋に入ると、美穂子が整えていたキッチンの配置が変わってる。
そこも、ちょっとイラッ。

リビングは整頓されているけれど、これもそこかしこに山井スタイルが入っいる。
イライライライラ。

先生は、窓際の席で作業をしていた。
ビルが連立する灰色の景色の隙間に、夏を予感させる真っ青な空。

先生の真剣な表情。
顔にかかる前髪。
そこから下に見える、通った鼻筋。
それから、唇。

あの唇が、美穂子にキスをした。
そっと触れて、それから食べるみたいに……。

「美穂ちゃん?」
山井さんの声がして、美穂子は我に返った。

いつのまにか甘い思い出にトリップしてて、原稿を手にぼんやりしてしまっていた。

「ありがとー。作業終わった原稿ね!」
まるで秘書然とした面持ちで、山井さんがやってきた。

美穂子の手からパッと原稿を奪うと、「仕事は終わりでしょ?」という顔をする。

カチンとくるなあ。

「先生、今ペン入れの最中なの。美穂ちゃんは自分の仕事してきて」
声を潜めて、山井さんがいう。

「山井さんは?」
美穂子はつい、余計なことを言ってしまった。

山井さんはびっくりした顔をして、それから「わたしはお世話があるし」と言う。
そして、うっとりした表情を浮かべた。

「先生のあのペンを持つ長い指がね、ほんと、たまんないのよね……」
山井さんが頬を染める。

「究極のエロス」

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