その件は結婚してからでもいいでしょうか
先生の指の魔法、わたしだけのものだったのに。
突然、火山が爆発するみたいに、胸の中に溢れ出た。
自分でも顔色が変わったのがわかった。
目にじわっと熱いものが混みあげる。
山井さんは目をまん丸くして、美穂子の顔を凝視した。
先生が描いているところ、わたししか見たことなかったのに。
わたしだけの、大切な時間だったのに。
わたしのものなのに。
「山井さん、ちょっとー」
アシ部屋から小島さんの声が聞こえた。
山井さんはまん丸の目のまま、目に涙を浮かべている美穂子から後退った。
「今、行きます」
山井さんは大声で返事をすると、先ほど奪った原稿を美穂子に返す。
「先生に渡しといて」
そう言って、慌てた様子でアシ部屋へと戻っていった。
心臓が痛みでじくじくしている。
火傷みたいな痛み。
美穂子は一心に机に向かっている先生の前に立つと、「先生」と声をかけた。
「うん?」
先生が顔をあげる。
美穂子だと気付くと、パッと笑顔になる。でもすぐに、美穂子の目が涙で溢れそうになっていることに気がついた。
「どうした?」
「せんせ……」
美穂子は原稿を渡すと、涙をぐいっと指で拭った。