その件は結婚してからでもいいでしょうか
「美穂ちゃん、できた?」
声をかけられて、美穂子ははっと我に返った。
隣にチーフアシスタントの山井(やまのい)さんが立っている。黒縁メガネで髪はひっつめスタイル。化粧をしているところは見たことない。
まあ、わたしもだけどね。
「はいっ。できました」
美穂子は手元の輝かしき原稿を、そっと山井さんに手渡した。
「オッケー。先生のチェックボックスに入れとくね」
山井さんはそう言って、先生のご自宅へと続くドアへ向かう。キッチン横のそのドアは特製で、新聞を投函するような小さな扉が付いている。そこに原稿をそっと入れると、アシスタントの仕事はおしまいだ。
「よし終わり!」
アシスタントの小島さんが伸びをした。「締め切りは明日の朝なのに、夜の九時に作業終了って、本当に桜先生って完璧だわ」
彼女も化粧をしていない。でもアシスタントの中では唯一裸眼という、特殊な人種。
「美穂ちゃん、悪いんだけどコーヒーもらえる?」
ちょっと太った吉田さんが言った。ショートカットでやっぱりメガネ。
「了解です! みなさん分いれますね」
美穂子は勢いよく立ち上がった。