その件は結婚してからでもいいでしょうか
午前中いっぱい、美穂子は無心で掃除をした。
見たくないものは、見ない。
それをモットーに頑張った。正直、床に落ちてる「毛」とか、ゴミ箱の中の「ティッシュ」とか、絶対に見たくないし、触りたくない。それでも我慢できたのは、ここにいるのが本物の桜先生だからだ。
掃除機から逃げるように、先生はペンと紙を持ってウロウロする。
「先生、掃除の間ちょっとお散歩でも行ってきたらどうでしょう」
美穂子は提案してみたが「いやあ、間に合わないから」と首を振った。
明日から隔週連載の『花と流星』とは別に、月刊で連載している『意地悪ハニー』の作業が入っている。
「今日中に『花〜』の方のネームをあげとかないと」
先生が言った。
「『意地悪ハニー』はもうペン入れ終わったんですか?」
「半分くらい。あとは明日ペン入れるから」
美穂子は、二本も連載を抱えていると大変だろうなあ、と漠然と思っていた。でも先生の様子を見ると純粋な疑問が湧いてくる。
掃除機のスイッチを切って、美穂子は先生を見た。
「先生って、お休みあるんですか?」
「うーん?」
デスクに座っていた先生が首をかしげる。
「ここ二年ほどは、ないかなあ」
「お盆とお正月は?」
「ここで、ダウンタウン見た」
先生は、わたしたちアシスタントに、ちゃんとお休みをくれる。
自分は寝る間もないくらいに仕事してるのに。
美穂子はなんだか申し訳ないような気持ちになってきた。