その件は結婚してからでもいいでしょうか

甘い卵焼きに、菜の花の辛子和え。
それと、しゃけのおにぎり。

美穂子はお皿を手に、先生の前に立った。

先生はネーム描きに没頭している。

ネームでいいから、ちょっとみたいなあ。

美穂子はそんなことを思ったが、仕事の邪魔はしたくない。
美穂子はデスクにお皿をそっと置くと、「ごはんです」と声をかけた。

自分も、掃除機と水拭きを終えて、ようやく綺麗になったフローリングの床に座った。ソファ前の小さなテーブルにお皿を置く。

大きなおにぎりを見ると、お腹がぐうとなった。

食費は先生が持ってくれる。
なんてラッキー。

手を合わせて「いただきます」と小さな声で言った。

ちらっと先生を見る。
先生は相変わらず没頭。

漫画家の集中力は、本当にすごい。

美穂子は無意識に、その姿に惹きつけられた。

黒い前髪。目は切れ長。鼻筋が通っている。細い首から続く肩幅は広くて、腕が長い。

悠馬くんは十代の、まだ繊細な感じが残ってる。
でも先生はちゃんとした大人という感じ。

ま、作者だからって、あの悠馬くんと比べるのがおかしいんだけどね。

美穂子はおにぎりを頬張った。

「ん?」
先生がデスクのおにぎりに気づいた。

美穂子に視線を合わせると、「ごはんか!」と目を輝かせた。

お皿をもっていそいそとこちらへ歩いてきた。美穂子の前に座る。

「お仕事しながらでもいいですよ」
美穂子は言ったが、

「食事は一緒にするほうが楽しいでしょ」
と首を振った。

先生が早速おにぎりに手を伸ばしたので、美穂子は自分の手を合わせて見せて「『いただきます』しませんか?」と言う。

先生は「そっか」と微笑んで、素直に大きな手を合わせて「いただきます」と言った。
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