その件は結婚してからでもいいでしょうか

「美穂ちゃん、料理が上手なんだね」
あっという間に一つ目のおにぎりを片付けた先生が言った。

「ありがとうございます。実家が小料理屋なので、直伝です」
「ほほー」

「先生って、どうして少女漫画描いてるんですか?」
美穂子はずっと気になっていたことを尋ねてみた。

「俺も最初は青年誌の賞をとって、この世界に入ったんだよね」
先生のお口がもぐもぐしている。

「でも全然で。その時の担当編集さんが『与田(よだ)さんは、空気が描ける。もしかしたら少女漫画向きかも』って言ってくれたんだよ。それでこっちに来た」

「与田さん?」
「俺の本名、与田桜助(よだおうすけ)」
「随分と時代劇っぽい名前ですね」

思わず美穂子がそう言うと「だよね」と笑う。

「……青年誌に帰りたいって思うことは?」
「うーん」
先生が首をかしげる。

「今はもうないかな。最初はね、葛藤があったから帰りたいとも思ったよ」
先生はそう言うと「そうだ」と立ち上がった。

「待ってて」
先生は昨日美穂子が漫画を読みふけった部屋に入っていくと、すぐに大きなボックスを持って帰ってくる。

「これね、試行錯誤の痕。なんとなく捨てらんなくて」

箱を開くと、大量のスケッチブックのが出てきた。

美穂子の胸が興奮で高鳴る。

「すごい、お宝ですよ」
美穂子は身を乗り出した。

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