その件は結婚してからでもいいでしょうか
キッチンに立って、みんな分のコーヒーをいれた。作業を終えた後のコーヒーは格別。桜先生はインスタントコーヒーをいつも常備してくれている。
飲み放題、万歳。
左側のドアについている原稿ボックスが、ガタガタッと鳴る。
あ、先生かな。
「おつかれさまです」
美穂子はドア越しに声をかけてみた。
返事はない。でもそれでもいいのだ。
このドアの向こうには、憧れの桜先生がいる。そう考えるだけで、美穂子の胸は高鳴った。
トレイに四つのマグを乗せて、作業場へ戻る。各々のデスクに一つずつ配った。
「桜先生が、ボックスを開けてる音がしました」
美穂子は最後に自分のマグを手に取ると、椅子に座った。
コーヒーの香ばしい湯気を思い切り吸い込む。至福の時。
「さすがに仕事が早いね」
吉田さんがむっちりした肩を手で揉みながら言った。
「いい職場だな」
小島さんが言う。「一番最初に悠馬くんに会えるし」
「ですよね〜」
美穂子は大きな声で同意した。
「今回の悠馬は、マジ神」
吉田さんも話に乗ってきた。「あんなことされたら、女子はみんな落ちるっちゅーの」
「そうそうそう!」
美穂子も胸がキュンキュンしてきた。
「あんな男子は、世の中にはいないわな」
小島さんが腕を組んで頷く。
「いませんね。リアル男子は臭いです」
美穂子は大真面目に言い切った。
「っていうか、あんな男子を描ける桜先生って、どんな人なんだろ」