その件は結婚してからでもいいでしょうか

「美穂ちゃん」

後ろから声がかかった。振り向くと、吉田さんだ。

「おはようございます」
美穂子は頭を下げた。

危機一髪。隣の部屋から出てきたことは、ばれてないよね?

「あれ? 今日美穂ちゃんコート着てないの? こんな寒いのに」
頬を真っ赤にしている吉田さんが、目を丸くして美穂子を見る。

しまった。そうか。コート!

「えっと、健康法なんですよ。体が丈夫になります」
「へえ」

疑わない、人のいい吉田さん。

部屋に入って、仕事の準備をする。しばらくすると、山井さんと小島さんも出てきた。

「今日は『意地悪ハニー』だよね。『勅使河原くん』はやや肉食系。そこがまたイイネ」
小島さんが椅子に座って、くつろいだ様子で言う。

「悠馬くんは爽やか男子。キャラが違う二人をこんなにも魅力的に描くなんて、桜先生ってどんな天才なんだろう?」
吉田さんがうっとりした目で言った。

美穂子はデスクに肘をついた。

アレと、この二人の男子は、どこも繋がらない。
いったいアレの頭ん中は、どうなってんだ。

「原稿きたよー」
山井さんが手に原稿を持ってきた。それぞれ担当のアシスタントに渡していく。

美穂子の机にも原稿が置かれた。

勅使河原くんがいる。原稿の上に、初めて見る勅使河原くん。
すごく表情豊かだ。意地悪そうな顔をする時の瞳が、すごくリアル。

『そっかあ。なるほどね。だから美穂ちゃんの作品は、リアルじゃないんだ』

先生の言葉が蘇った。
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