その件は結婚してからでもいいでしょうか
先生は手早く画材を選んでいく。その買いっぷりに迷いがない。
わたしが買う時には、とにかく値段をよーく見て、吟味して、悩んで悩んで買う。やっぱり売れっ子漫画家ともなると、お金がどうとか言わなくなるんだろうなあ。
美穂子は狭い店内の中で、あっという間に買い物を終える先生を尊敬の眼差しで見つめた。
「お待たせ。じゃ、行こうか」
先生がドアに向かったので、美穂子も後からついていく。
先生がドアに手をかけようとしたとき、ちょうどドアが外側から開いた。
「いらっしゃいませ」
店主が声をかける。
「あれっ。美穂ちゃん?」
そこには、アシスタントの小島さんが立っていた。
「画材買いに来たの〜? 偶然!」
そう言いながら美穂子に近寄る。それから「誰?」という顔で、横に立つ先生を見上げた。
「美穂ちゃんが、三次元の男といるなんて、アヤシイ」
小島さんの目が、品定めをするように先生を見続ける。
美穂子の全身から、やばい汗がブワッと吹き出してきた。
「あ、この人は、その……」
美穂子は助けを求めるように、先生に視線を送る。けれど先生は小さく首を振って「言うな」と口を動かした。
「先生、すいません! これ袋に入れるの忘れました」
店主がカウンターから、ペン先を入れた小さな紙袋を持って走り出てきた。
先生の顔がひるむ。