その件は結婚してからでもいいでしょうか
どきどきどきどき。
男の人の指に目がいく。
わたしのよりもがっしりしてて、わたしのよりも長い。
あの指が、ペンを握り、魔法を使う。
「美穂ちゃんの友達、おかしいな」
部屋に帰ってきて、先生が言った。
「あれはわたしの友達じゃないです」
語調がいつもより強くなる。声を張っていかないと、すぐへにゃへにゃっと崩れてしまいそうになるから。
「なんだかもったいないです。あんな気軽に直筆の絵をあげてしまうなんて」
美穂子は先生の指から、意志の力で目をそらす。
「そうかな。でも太宰くんがどうしても美穂ちゃんと心中したいって、うるさいからさ。あんな一枚で諦めてくれるんなら、いくらでも書くよ」
先生は「さてと」と声を出す。
「仕事するかな」
手首をぐるぐる回して、指を組んでぎゅっと伸ばす。デスクに座って、買って来た画材を取り出した。包装紙を破き、無頓着にデスクの上や床に散らかしていく。
美穂子はそれを無言で拾って、ゴミ箱に捨てた。
「あ、ありがと」
先生が微笑んだ。
美穂子は軽く頭をさげると、自分の部屋へと入る。それから重いカバンをどさっと床に下ろすと、自分もへたり込んだ。
まずい。
すごくまずい。
これは緊急事態、だよね。
美穂子はスケッチブックとペンを取り出した。さっき先生が触っていたペンを握ると、お腹のあたりが疼く。
美穂子はスケッチブックをめくり、描き始めた。