その件は結婚してからでもいいでしょうか
「し、失礼します」
美穂子は恐る恐る、机の上に横たわる先生の腕に触れた。
あったかい。
先生の顔を見る。
「美穂子ちゃんは嫌がるかもしれないけど、皮膚にも細かくて細い毛が生えてるし、よく見ると肌のキメがある。もちろん、少女漫画はそれを全部描いたりはしない。でもそこに生きている人が存在するように描くには、人間の汚い部分も見えないふりをしてはいけないんだと思うよ」
先生の頬は、デスクライトの白い光が反射して、輝いて見える。まつげが影を作っている。美穂子は初めて、リアルな男性を綺麗だと思った。
とたんに、さっき拒否されたことが思い出される。涙がじわっと滲んだ。
「さっきは、悪かったね」
先生が話し出した。少し目線を下に向けて。美穂子が触れている自分の腕を見ている。
「ちょっと慌てすぎて、伝えたいことが伝わらなかった。美穂ちゃんを抱くのが嫌だってことじゃない」
美穂子は先生から目が離せない。
「じゃあ」
美穂子は思い切って口を開いた。
「美穂ちゃんが大事。大切なアシスタントだから、傷つけたくない」
美穂子は俯く。
先生にとってわたしはアシスタントにすぎない。わかってたけれど……直接聞くとこんなにしんどい。
「美穂ちゃんは魅力的だし、これから大好きな人もできるだろう。そのときに俺とのことが、美穂ちゃんの心の黒いシミになっちゃうんじゃないかと思うんだ」
美穂子の目から、ポロリと一筋涙がこぼれた。