その件は結婚してからでもいいでしょうか
しばらくすると、誰かが部屋に入ってくる気配がした。
パチンとどこかのデスクライトがつく。引き出しをガラガラッと引っ張り出す音。
「ああ、よかった。あった」
吉田さんの声だ。どうやら忘れ物をしたらしい。
先生の手が、指が、美穂子の頭をかかえている。先生の暖かな呼吸が耳元で聞こえた。ガチガチに固まった美穂子は、手を握りしめる。
先生の鼓動。
先生の匂い。
身体の奥がじわじわから、じんじんに変わる。
無意識にもぞもぞと動いた。
「動くなよ」
先生が小さな声で囁いた。
「だって」
美穂子も小さく抗議する。
なんだかじっとしれらんないんだもの。
「さて」
吉田さんが言う。
パチンとデスクライトが消えて、再びの暗闇。
玄関の方で靴を履く音。鍵を出す音。がちゃんと玄関のドアが開いて、外気が一瞬流れ込む。ドアが閉まり、鍵を閉める音がして。
そして静寂が訪れた。
先生の胸に耳を当てているから、先生の鼓動がよく聞こえる。あったかくて、いい匂い。
吉田さんは帰ったのに、先生は動かない。美穂子の髪を指で梳いた。
先生の指が、わたしを触ってる。
美穂子はぎゅっと目をつむった。動けない。
先生が何かをためらっている。静かな呼吸音。