その件は結婚してからでもいいでしょうか
先生は突き放すように美穂子から離れた。片膝をたてて、髪をかきあげる。先生の息が軽くあがってる。
「これが、セックスする男と女のキスだ。わかってんのか? こういうエロいことを、男とするんだよ。泣くほど嫌なくせに、中途半端なことをいうんじゃねーよ」
こんな風に乱暴な言葉を、先生から聞いたのは初めてだ。
美穂子は体を起こし、両手で先ほど先生が貪欲に貪った唇を抑える。涙がこみ上げてきた。
どうしよう。先生を怒らせた。どうしよう。
「ちくしょう」
先生は悪態をつくと、立ち上がる。そのまま美穂子の脇をすり抜け、アシスタント部屋から出て行く。
バタンと乱暴にドアが閉まる音がして、しんと静まり返った部屋に一人。美穂子は抑えきれなくなって、声を出して泣き出した。わなわなと肩が震える。
なにがいけなかったかわからない。でも先生が美穂子を嫌いになったことは確かだ。
メガネをとって、目をゴシゴシこする。
ビデオで見るキスは、すごく気持ち悪かった。でも先生がするキスは、怖かったけど、嫌じゃなかった。
先生に抱いてもらえないなら、わたしはどうしたらいいんだろう。
美穂子は誰もいない真っ暗な部屋で、冷たいフローリングの上に座り込んだまましばらく力が入らなかった。