あまりさんののっぴきならない事情
 ふう。
 やれやれ、とトレーを戻しに行きながら、カウンターのガラスケースの中のベーグルやクロワッサンを眺める。

 今日のまかない、なにかな~と呑気なこと思っていると、カウンターの中に居た成田に、

「あまり、外」
と言われた。

「あ、はい」
と一度行った気安さから、あまりは、なにも考えずに、さっきの男の近くのテーブルを片付けに行く。

 鼻歌まじりにテーブルを拭いてしまい、あっ、しまった、お客さん居るのにっ、と思ったとき、後ろから声がした。

「ご機嫌だな、南条あまり」

 よく響く低いのに甘い声だ。

 こんな場面じゃなかったら、どきりとしてしまいそうだ。

 一瞬、逃げちゃおっかな~、と思ったのだが、ガラスの向こうにはマスターと成田が居る。

 あまりは、笑顔を作って振り返った。

 その男、犬塚海里(いぬづか かいり)は、真っ直ぐ自分を見、言ってきた。

「何故、こんなところに居る? 南条あまり」

 に、二度も名前を繰り返さないでください、と思いながら、あまりは笑顔のまま固まっていた。
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