胸キュン、はじめました。
胸キュンとは?
“キュン”とは、なにか?




小学生の頃、近所に住む友達が集団下校で一緒に帰ってくれる上級生を見て頬を赤らめていた。


理由を聞くと、


『赤くなんてないし!』


とか言って、そのまま逃げられてしまった。

だけど、どう考えても彼女の視線はいつも同じ上級生へと向けられていた。


中学に上がって、クラスメイトの子達がよく騒いでた。その時によく出てくるのは男子の名前。


『廣瀬くんってカッコいいよね』

『えー、藤田くんの方がカッコいいじゃん!』

『でもでも桃谷先輩もいいよね!』


カッコいい? うん、確かに廣瀬くんは物静かなのに、マラソンでは一番だし、他のスポーツだって卒なくこなす。

藤田くんはスマートだ。勉強熱心だし、真面目で頭もいい。こないだ教科書忘れたって言ったら見せてくれたし。

桃谷先輩はよく知らないけど、遠目で見た時、テレビタレントかと思うくらい華やかなお顔立ちをしてた。


『ねー、(ミオ)は? 誰が一番好き?』


……好き?


『えー、どうだろ? 誰かなぁ?』

『ダメダメ、この子はまだお子様だから初恋すらまだなのよ』

『失礼な。……まだだけど』

『ほっらねー!』


みんなが口を揃えて私をバカにする様子はなかなか居心地が良いものではないな、と思った。


『でもさ、カッコいいなとか思う人はいるでしょ?』

『そりゃいるに決まってるじゃん。それは何をもってカッコいいとするかによるけど』

『誰がカッコいいと思うの?』

『じいやとか……?』

『げっ、担任じゃん! なに、澪ってジジ専なわけ⁈』

『えっ、かっこいいじゃん。体育祭の時に坊主頭にタオル巻いて本気で借り物競走してた時とか。あとよくお孫さんの話する時の優しい表情とか』

『やば! 澪やばっ! あんなじいやにときめくとか無いわー』


ときめく?


『うん、キュンとはしないよねー』


キュン?


『ときめくとか、キュンとかってさ、それって、どういう状態なわけ?』


空気って目に見えないものだとばかり思ってたけど、あの時ばかりは、空気が凍り付いたのが見えるように分かった。


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