胸キュン、はじめました。
「えっ、マジで……?」


私が一度だけ、静かに首を縦に振るのを見た瞬間、先輩は満面の笑みで笑った。


「そうだったんだ。なんだ、ラッキー」


そんな反応を見て、私は思わず首をもたげた。

あれ? なんて疑問が私のそばを掠めたけど、その意味を捕まえることはできなかった。

なんであれって思ったのか分からないまま固まっていると、入江くんは静かにこう言った。


「もーいい。勝手に楽しんでろよ」

「あっ!」


私は体をもがきながら、先輩の腕を振りほどいて入江くんに向かって駆け出した。


「待って、入江くん」

「来んな」


バッサリ。まるで鋭い刃物で切られたみたいな気持ちになった。

その声は決して大きくもなく、強い言葉(ワード)でもないはずなのに。


入江くんの背中が、近寄るなって言ってるのがわかる。

入江くんの「来んな」ってたった一言が、他のどんな言葉よりも力を感じた。


駆け寄った私の足はピタリと止まって、地に根が生えたみたいに動かない。


それなのに入江くんはお構いなしに背を向けたまま、一度も振り返ることもなく、私の元から離れて行った。


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