イノセントダーティー
彼氏がいたら諦めようと思ったら旦那さんがいると言われて、だったらなおさら諦めなきゃいけないのに全然諦められない。
ラインを交換して一週間。アオイさんからの連絡はまだない。その間、何度も彼女の顔を思い出した。声を聞きたいと願って、あの夜交わした会話を思い起こす。
結局あの後、アオイさんの結婚話を少し訊いて帰ってきた。彼女の生家は先代から有名企業の経営をしているそうだ。一方旦那さんの家は貧しかった。アオイさんと結婚すれば旦那さんはアオイさんの祖父が会長を務める会社の重役にすると約束された。
恋愛結婚したはずなのに、旦那さんの結婚の目的はいつしかアオイさんではなく、自分の出世欲と金銭を得るための手段でしかなくなっていた。
「そんなつらい結婚、やめたらいいのに。アオイさんがもったいないよ」
「そうだよね。やめたい。でも、大人の事情ってやつでそう簡単にはいかないんだよ」
やけに落ち着いた様子のアオイさん。何もかも諦めているようなトーン。二人の間に子供はいないが、旦那さんはお金のため自分の立場を守るためアオイさんと別れる気はないらしい。
やりきれない思いで、その日はバス停でアオイさんとさよならした。
服越しに触れた彼女の体温は俺の中で都合のいい妄想に化け、独りよがりな欲を浅はかに満たす。
アオイさんのことを好きになってしまったーー。絶対に恋をしたらいけない相手なのに。