イノセントダーティー
「マサってやっぱり面白いね。よく言われない?」
「アオイさんに言われたのが初めてですよ」
「へえ、そうなんだー。これ、おいしいなぁ。今度お礼するからラインかメアド教えてくれる? 高校生の子にもらいっぱなしは申し訳ないから」
「大学生ですっ、これでも。まあ、この前まで高校生でしたけど」
「そうなの? ごめんね、勘違いして。でも年下に変わりないでしょ? お返しはさせてほしい」
「そんなの気にしなくていいですよ、ホントに」
遠慮がちに言いつつ、心の奥では絶好のチャンスだと思った。連絡先を聞くついでに彼氏の有無を訊ける! 自然な流れで。
「それに、お礼とはいえ男と二人で会ってたら彼氏が怒りませんか?」
この質問は賭けだった。こんな素敵な人に彼氏がいないわけがない、そういう前提だ。もしいなかったらこれから仲良くなれるよう頑張って、いるって言われたら潔く諦めよう。そう思った。
「旦那は怒らないよ」
俺の生活圏にはない単語が急に出てきて、驚いた。彼女の口から出た旦那という言葉は妙な生々しさを帯びていて、それは彼女の生活にはあって当たり前の存在なんだろうなと思わせる。だけど、信じたくない気持ちになった。
「結婚してたんですね……」
とっさのことで、それ以上何を言えばいいのか分からなかった。うっかり黙り込んでしまう。