イノセントダーティー
「マサは? 通りすがりの女と連絡先の交換したら彼女に怒られる?」
下から顔を覗き込まれてドキッとした。アオイさんの目は艶っぽくて、まっすぐだった。シャンプーのいい匂いがする。状況的には最悪なのに気持ちは恋一色になった。
「いないです、彼女なんて」
いたら、ケーキ渡してさっさと帰っていた。
「迷惑じゃなければ、お礼させて?」
恩を受けっぱなしはどうしても嫌だと頑ななアオイさん。結局俺達はラインの交換をした。嬉しいって気持ちと、引き返したいという思いがごちゃまぜになった。
「旦那はね、もう私に興味がないの。でも結婚って生活だから、そのために籍入れてるだけ。私はそれでも好きだったんだけどね……」
「だった? 過去形ですか?」
「んー……。どうなんだろ」
アオイさんの手のひらが俺の二の腕に触れて、瞬間冷凍されたみたく時が止まった気がした。今、何が起きてるんだ?
「少しだけ、肩借りてもいい?」
上目遣いで訊かれ、断ることなんてできなかった。
「俺のでよければ」
二の腕からアオイさんの体温が伝わってきて、その後彼女の頭が俺の胸元に倒れた。鼓動が速くなる。彼女は泣いているようだった。静かな泣き方をする。