肉食御曹司に迫られて
父と母は目を細めた。
「奈々、今は何をやっているんだ?」
父が聞いた。
「ホテルでコンシェルジュをやってる。」
「そうか。」
奈々は、母を見て、
「お母さん、昔みたいにはいかないけど、まだピアノも弾いているよ。お母さんから、見たら恥ずかしいだけかもしれないけど。」
「そう。どうであれ、奈々がピアノをまだ止めてなくてよかった。」
母は、嬉しそうに笑った。
「今は、ピアノ弾くのが楽しいの。」
奈々も笑った。そして、立ち上がり、ピアノへ向かうと、一息ついて椅子に座った。
蓋を開ける。何十年と弾いた自分のピアノに11年ぶりに向き合った。

奈々は、ピアノを引き出した。
両親は黙って聞いていた。
11年ぶりに響く、ピアノの音が、空白の時間を埋めていくようだった。

弾き終わると、
「奈々、昔よりずっと、深みのあるいい演奏だった。きっと、今のあなたの人生は充実しているのね。」
嬉しそうに母は言った。
「うん、すごく充実してる。」

その後、久しぶりの母の手料理を食べ、今までの事や、これからの事、時間を埋めるように話した。

夕方、奈々は
「お父さん、お母さん、じゃあ、また来るね。」
「いつでもいらっしゃい。」

奈々は、すがすがしい気持ちで実家を後にした。
ここに来るまでは、また自由を奪われるのではないかと、不安があった。
昔のように、決められたレールを歩けと言われるのではないか。
しかし、両親も変わっていた。私の幸せを一番に望んでくれる。
そして、力を貸してくれる。

(- 絶対に諦めない。あたしは、あたしの力で樋口社長に認めて貰う。それだけの物を私は両親から授けてもらっているのだから。)
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