ドメスティック・ラブ

 この営業所で三人しかいない女子社員。糸井さんは四十過ぎのベテランだ。彼女の他にもう一人、戸部ちゃんという二十代の派遣社員がいる。

「なーに、苗字変わったのまだ慣れないの?」

 糸井さんが呆れた様に言うけれど、結婚式と入籍からまだたったの二日。ぶっちゃけ慣れる訳がない。そもそも『松岡』ってまともに呼ばれたの、今のが始めてだってくらいなのに。

「あはは、まあ……呼び方変えるのややこしくないですか?いいですよ、旧姓で呼んでもらって」

「うん、でもまあ名札も変わるしね。はいこれ。本社からの荷物に入ってた」

 糸井さんが手渡してきたのは『松岡』と刻字された小さなプラスチックの白い名札。
 うちの会社は女性事務員には制服が支給されていて、ベストの胸元のポケットに苗字が表示されたクリップ式の名札を付ける事になっている。結婚するにあたっての書類上の手続きが必要なものは既に本社の人事宛に送ってあったので、新しい名札を送ってきてくれたんだろう。

「そうか、名札新しくしてもらえちゃうんだ……」

 早速『三嶋』の名札を外して『松岡』に付け替える。八年使った元の名札は細かい傷だらけだったので、新しくなるのは少しだけ嬉しい。

「だから外部の人からも今度から『松岡さん』って言われるよ。なのに社員が旧姓で読んでたらややこしいでしょ」

「それはまあそうですけど……」

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