ドメスティック・ラブ
それならそれでとりあえずもう少し早い時間に渡さんかい、と内心思ったけれどさすがにそのまま口には出せない。
「とか言って他の所のも混ざってるじゃないですか。しかももう終業時間だし。……こんなのお菓子一個じゃ足りませんよ」
大体今日は金曜日だ。週末に予定外の残業をしたい会社員がどこにいる。
簡単に甘い顔をして毎回同じ事を繰り返されるのは困るので、あえて勿体をつけながらわざとらしくため息をつきつつ、一度ログアウトした処理システムを再び立ち上げる。起動を待っている間に、終業時刻を知らせるチャイムが鳴った。
この前の時の様にサクッと切り捨てないのはあの時ほど急いでいる訳じゃないからだ。まっちゃんは今日は仕事の後で病院に寄ってから帰ると言っていたし、夕飯の下準備は私にしては珍しい事に朝の内に出来ているので、少々の残業で予定が狂う事はない。ならたまには恩を着せておいてもいい。
「えーっと、俺コーヒー買って来ようかなあ。松岡さん、何か飲みたい?奢るよ」
仕方ない、という顔で片山さんが立ち上がる。
「じゃあホットのカフェモカで」
「即答かい。ていうか自販機じゃないのかよ……」
「やだなあ、スタバやタリーズなんて言わないですよー。隣のコンビニのでいいです。ちなみにタンブラー持ってくと十円引きですから」
引き出しの中から自分のタンブラーを出して片山さんの方へ押しやる。
「しっかりしてんなあ、さすが主婦」
家事全般がどちらかというと苦手で主婦らしい事を殆どしていない私を「さすが」なんて言っていいのかは怪しい所ですが。
タンブラーを持って片山さんが出て行くと、帰り支度を始めていた糸井さんが尋ねてくる。