ドメスティック・ラブ
あ、また『千晶』って言った。
最初に呼ばれた時は笑ってしまったのに、子供という単語を出された後のせいか妙に照れ臭い。ここで赤面とかしちゃうと余計に恥ずかしいからなるべく気にしないようにしたいのに、どうしてもその響きを意識してしまう。
まっちゃんの口から出る私の名前は以前からそう呼んでいたかのように、するっと馴染んでしまっている。二人での生活にももう馴染んでいる様だし、いちいち戸惑っている私に比べてまっちゃんはつくづく切り替えが早く順応性も高い。
コーヒーを飲んだ後はまっちゃんが食器を洗ってくれるというので遠慮なく任せる事にして、先にお風呂に入らせてもらう事にした。
家事を分担出来るのはいい感じ。そもそも万事が大雑把な私より、几帳面なまっちゃんの方が細々した事は向いてそうな気がする。
不動産屋が隠し玉的に出してきたこの部屋は、新築で購入直後に転勤になり入居する事なく賃貸に出す事になった物件らしく、綺麗で広めで何よりお風呂が広い。予算よりほんの少し高かったのに即決してしまった理由はそこにある。まあ二人分の収入あるしね。家賃はまっちゃんが俺が出すと言い張ったので任せているけど。
半円形の浴槽に身を沈めると、全身から力が抜けた。知らず知らずの内に、何だか身体に力が入り過ぎていたらしい。
何なんだろう、これ。
名前を呼び捨てにされて落ち着かないとか、未来の話を出されて慌てるとか。ときめいてたり恋い焦がれているとかそういう状態じゃないのは確かなんだけど、ずっと友人として付き合ってきた人間との間に少しずつでも恋愛の色を滲ませる事に頭がついて行けなくて、いちいちジタバタして叫び出したくなる。
今のこの状況は、過去のあれこれとは何かが決定的に違う。恋愛フィルターを通してないお互いを知り過ぎていて、今更簡単に恋愛モードに入れない。私がそう思っているのに、まっちゃんはそこまで違和感を感じていなさそうなのがまた解せなかった。
それにしても。
今日これから一昨日の新婚初夜の仕切り直し、とかだったりするんだろうか。いや明日も平日でお互い仕事あるし。でもまだ時間早いし。
ああでももしそんな事になったら果たして私は耐えられるだろうか。呼び方変えられただけでこんなに動揺してるのに。