ドメスティック・ラブ
「よっしーもタザキチも久しぶり。元気だった?」
何の躊躇いもなく、先輩はまっちゃんの隣に腰を下ろして羽織っていたジャケットを脱ぐ。
「今しまちゃんにも言ったけどまっちゃん結婚したんだってね、おめでとう」
誰かが差し出したビールのグラスを持って、先輩がまっちゃんとグラスを合わせた。
「ありがとうございます」
付き合ってた当時『涼君』『ちぃ』と呼び合って、もちろん敬語でもなかったはずの二人は今はもうすっかり学生時代のただの先輩後輩であるかの様に口調を戻していた。
普通に談笑している二人からは、ここから見る限り気不味さは感じられない。
それを見て、不自然に集まっていた視線も散っていって、ほんの少し緊張感の走った個室内の空気が元に戻った。
「ちぃちゃん先輩、おっとなー」
好奇心丸出しの顔で二人を眺めていたまりっぺが感心したように呟く。
「私達相変わらずアホな事ばっかりやってるけど、一応アラサーだからね。まりっぺ一体何期待してんの」
先輩が少し離れた所にある料理を取ろうと手を伸ばした時、違う方向から話しかけられて背後を振り返りながら喋っていたまっちゃんが動かしたグラスにぶつかり、ビールが溢れた。先輩のスカートにビールが少し散ったので、まっちゃんが謝りながら卓上のお絞りを先輩に渡して別のお絞りで彼女の前のテーブルに溢れた分を拭いている。先輩は笑いながら気にしなくていいという風にまっちゃんの肩を叩いていた。二人の様子に不自然な所は何もない。