ドメスティック・ラブ
6.変わらない変わりたい

「松岡さん、これ今日中に処理しておいてくれる?」

 隣の席から差し出された伝票の束を受け取ろうともせず、むしろ見向きもせずに私は即答する。

「すみません、もうパソコンの電源落としました」

「え」

 伝票を握り締めたまま営業の片山さんが唖然とした顔をした瞬間、定時のチャイムが鳴った。それと同時にシャットダウン処理中だった私のパソコンのモニターが暗くなる。
 少々フライング気味ではあったけれど、今日は残業する気が微塵もないのだから仕方ない。

「今日金曜だし週明けじゃ遅いんだよー、頼むよー」

 引き出しから財布を取り出し帰り支度を始める私に、片山さんが食い下がる。
 そう言われてもチャイム鳴ったし、パソコンの再起動時間かかるから面倒臭いし。特に忙しかった訳でもないんだから、せめてこんなギリギリじゃなく業務時間内に言えよ。私急いでるんだってば。
 そう思いながらもさすがにそのままを口に出す訳にはいかず、どう言って断ろうか迷ってしかめっ面をしていたら、背後から手が伸びてきて片山さんの手から伝票を抜き取った。

「これ数字入力しとけばいいだけですよね?私がやっときますよ。松岡さん、帰っていいよ。急いでるんでしょ?」

 振り返ると私の後ろに立った糸井さんが、片山さんの手から抜き取った伝票の束をペラペラとチェックしていた。
 昼休みにお弁当を食べながら今日は早く帰りたいという話をしていたので、気を遣ってくれたんだと思う。

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