ドメスティック・ラブ
「結婚するっていいもんなんだなと思ったよ」
更にそう付け加えて、こちらを見た彼が笑う。
「……ならいいけど」
反射的に私も笑う。笑ったはずだ、多分。
「もう邪魔しないからゆっくり寝てていいよ。明日には熱下がってるといいね。おやすみ」
「おー。千晶もちゃんと感染らないように手洗いうがいしとけよ。おやすみ」
まとめた食器を持ち、照明を暗めにして部屋を出る。そそくさとキッチンまで歩き、シンクに食器を置いてその上から水を流した。
ザーザーという流水音をBGMに、残したお粥の米粒やすりおろしたリンゴの滓が浮いて排水口に流れて行く。多分排水口に張ったネットに引っかかるだろう。
水が勿体無いという事は頭では分かっていても、しばらく私はその音を止められなかった。
残飯と同じ様に頭の中に釈然としない気持ちが浮かんでは消える。
息苦しいマスクを外し、一度大きくため息を吐いてから私は水を止めた。
今回の件で「結婚するっていいもんなんだなと思った」とまっちゃんは言った。ということは、裏を返せばこれまでの約二ヶ月の結婚生活って特に『いいもん』じゃなかったという事になってしまう。
多分そこまで深く考えて出た言葉じゃないし、まっちゃんにそんな意図はないかもしれない。重箱の隅を突くように私が気にし過ぎなのかもしれない。でも思わず口をついて出た科白には少なからず本音が含まれるはずだ。
結婚しようと言ったのはまっちゃんなのに、やっぱりどうしても彼が私と結婚しようと思った理由が分からない。