運命の人はいかがいたしますか?
「どこで寝たらいいですか?僕ソファで寝ます。」

 完全とは言えなくても体調がよくなってきたようだ。顔色がいい。
 それでもまだ油断ならない。

「何を言ってるのよ。まだ病人でしょ?私がソファで寝るから大丈夫。」

 部屋を出て行こうとする杏の手を智哉がつかんだ。

「何?どうしたのよ。」

 また上目遣いで見る智哉に可愛らしくて目を細める。

「一人じゃ眠れない…です。」

「子供じゃあるまいし何を言ってるのよ。」

 呆れ顔でため息をついた。

「だって人間界でちゃんと寝るのは初めてで…。」

「分かったわ。寝るまで側にいてあげるから。」

 ううんと首をふる。

「今日だけですから…。」

 また上目遣いで見る智哉が何を求めているのか分からずにいるとボソボソと言った。

「一緒に寝てくれないと眠れません。」

 信じられない言葉に目を丸くする。

「図体ばっかり大きいくせに生まれたてかと思うほどに手がかかるわね。」

「すみません。」

 大の大人の男に甘えられたことがない杏はさすが戸惑う。

 添い寝って…。まぁ大人の男というよりもやっぱりペットにしか見えないな…
 そう思うとあまり抵抗がない自分に苦笑した。

 長身な二人が寝るにはいささか小さいベッドで背中を合わせて布団に入る。
 まだ少し肌寒くなる夜には背中から伝わる温かさで心も温かくなる気がして、不思議な気持ちになった。

「天使はそんなに寂しがり屋なの?」

 背中からトクトクトクと心地よい心音が伝わってくる。

「分かりません。杏さんが優しいから余計にいなくなっちゃうのが寂しく感じるんです。今朝の時も…。」

 カーテンからもれる月明かりの中、後ろから不安げな声がする。
 確かに風邪の時は心細くなる。それにしても大袈裟だ。

「買い物行っただけじゃない。」

 呆れた声を出した。

 寂しいといっても…それにしても素直過ぎるのよね。一緒に寝て欲しいなんて。

「母が…。少し出かけると言って出ていったっきり…。」

 そうか。トラウマがあったのね。それで余計に…。
 それにしても私はお母さんの代わりか。
「そう…。私もそうよ。」

「あ、ごめんなさい。そうでした。担当になる方の情報は事前に教えてもらえるので…。すみません。」

 すまなそうに話す声の主が背中の向こう側でどんな表情なのか分らない。
 でも逆に月明かりだけの部屋の中、表情が分らない、ただ温もりだけ感じる今の状況が杏を素直にさせた。

「そっか。そりゃそうよね。あんたが謝る必要ないわよ。会わせ屋…か…。そうね。運命の人じゃなくてもいいなら会いたい人はいるわね。」

 私もずっと寂しかったな…。

 珍しくそんな気持ちが心をよぎる。そんな気持ちになるのは今、温もりを感じられるからかもしれない。

「すみません。運命の人、限定で。」

 またすまなそうな声がした。

「フフッ。謝ってばっかり。母は私が小さい頃に病気で亡くなってしまって…。会えたら素敵ね。」

 杏は悲しそうに笑った。


 久しぶりによく眠れて、すっきりと目覚めた杏は狭いベッドのはずなのに…。と隣の大きな男に目をやる。

本当に犬みたい。大きさ的にラブラドールね。

 フフッと笑いながら柔らかいくせ毛を撫でてから、仕事に行く準備を始めた。
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