運命の人はいかがいたしますか?
五時になるとやらないといけない仕事はあるのに、あの子はちゃんとお昼は食べれたのだろうか、晩ご飯は大丈夫だろうかと気になって仕方がなかった。
時計ばかりを気にしている杏を見た同僚の春人が声をかける。
「珍しいな。杏が仕事に集中してないなんて。何か用事でもあるのか?」
春人は入社した時からの気心が知れた同期だ。
杏よりも背が高い数少ない同期で、だからこそなのか男同士のような気を遣わないで済む戦友という言葉がふさわしい男だった。
いい奴で顔だってかっこいいのに浮いた話を聞いたことはなかった。
今は仕事が楽しい時期なのかもしれない。その気持ちは杏にもよく分かる。
春人に声をかけられてドキッとすると言いにくそうに目をふせた。
「用事っていうわけでもないんだけど…。」
杏の会社は男女、年齢関係なく下の名前で呼ぶことが通例だ。
フランクでサバサバした職場は女だからということで仕事や役職は左右されなかった。
そんな職場で杏はやりがいを感じていた。
それなのに今日は早く帰りたいと思っている自分に罪悪感を感じる。
「帰りたいんだろ?その仕事、俺が代わってやるよ。」
「本当に?悪い!何か今度、埋め合わせするから。」
頭を下げ頭の前にあわせた手で拝み倒す。
「じゃ今度、食事に付き合って。」
あわせた手をパシッと軽くたたくと、にこやかに笑う。
「分かったわ。おごるから!ごめん。ありがとう。」
お礼だけ言って足早に去っていく杏の背中を見送る。「損な役回りだったかなぁ。」と春人はつぶやいた。
そんな二人を近くの席で見ていた美優が春人に報告するように口を開いた。
「杏さん。最近別れたらしいですよ。」
突然の声に少し驚いた声を出す。
「あぁ。美優ちゃん。いたのか。でも杏、珍しく早く帰りたそうにしてただろ?」
美優の言葉を信じる様子もなく仕事に取り掛かろうとしていた。
いたのって…杏さんのことしか見てないんだから。
「それはワンちゃんを預かっているそうで…。」
「なんだ。犬か。」
仕事の手を止めて安堵する春人に美優は呆れ顔だ。
「春人さんもめげないですね。杏さんただの同僚としか思ってないですよ。」
「分かってるよ。だから食事に誘ったんだろ?」
改めて仕事に取り掛かろうとする春人の背中に意地悪く言葉を投げる。
「お近づきになれるといいですね。」
美優はふてくされて自分も帰ろうと席を立って歩き始めた。
「杏さん。モテるのに気付いてないんだから。」
ブツブツそう言いながら帰っていった。