運命の人はいかがいたしますか?
 ドタバタドタッと急いで駆けてくる音が聞こえるとエルが追いかけてきた気配がした。

 ふわっと大きな体が杏を覆う。

「やめてよ。」

 冷たい声にエルは寂しそうにつぶやいた。

「仕事が忙しくて会えないから寂しかったんです。本当はずっと一緒にいたいのに。
 だからせっかく一緒にいられるのに冷たい杏さんは寂しいです。」

「仕事…。そうよね。他のお客もいるんでしょ?私とばかりいないで他のお客の相手もちゃんとしなさいよ。」

 しばしの無言のあとに後ろから抱きめしていた腕が外された。
 ぬくもりが離れるとまた一段と寂しい気持ちになる杏はエルに振り回されるものかと首を振る。

 でも離したのは一瞬で首を振っている杏をくるりと自分の方へ向けると、今度は両手を顔の辺りに持ち上げられて、つかまれた。

 握られた両手の向こうにいるエルが近くてドキドキする気持ちを悟られないように目をそらす。

「杏さん。僕は杏さんだけです。天使が担当する人は一人なんです。だから僕が頑張っているのは杏さんだけのためです。」

 えっ…とエルを見ると目が合った。

 しまった…。目を合わせたら…。どこまでも純粋な瞳に吸い寄せられるように目が離せなくなった。

「杏さん…可愛い…です。
 もしかして、いるかもしれない他のお客様にやきもちを焼いたから冷たいんですか?
 だって、今まで僕のことなんて興味なさそうだったのに。他のお客なんてそんなこと言うなんて…。」

「ヤキモチ…。冗談じゃない!違うに決まってるでしょ。だいたい昨日のことまだ怒ってるんだからね。」

 つかまれた手を離そうとしても離せない。
 図星をつかれて、とにかくこの場から逃げ出したかった。

「じゃどうしてあんなこと言ったか教えてください。じゃないとこのまま…。」

「このまま何よ!だからまだ昨日のこと怒ってるって言ってるでしょ。」

 できる限りに強がって言うとエルと杏の間にあったつかまえられていた腕をどけられた。
 二人の間をガードする壁のようになっていたのに、二人の間には何もなくなってしまう。

 やばい…。もう…。

 固まって、ぎゅっと目をつぶった杏の顔を通り過ぎて、エルの顔は杏の肩に置かれた。

「朝ごはん食べましょっか。」

 耳元でそれだけ言うと洗面所の方へ行ってしまった。

 残された杏はささやかれた耳を押さえ、その場に座り込んでつぶやく。

「今の…今の…やばかった。あのまま食べられちゃうかと…。」

 結局、かき乱されっぱなしの杏は動揺した心を平常運転に戻すことに躍起になっていた。
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