運命の人はいかがいたしますか?
 人の腕の中で泣くことがこんなに安心できて心地よいものだったなんて知らなかった。

 そもそも最後に泣いたのはいつだろう。感動する映画を見ても泣かない私に圭佑の顔がひきつっていたっけ。

 嫌なことを思い出して胸に顔をうずめる。優しく頭を撫でる手がますます涙を助長した。

「杏様は可愛いです。好きな男性の前だと化粧がボロボロになるのが恥ずかしくて泣くのを我慢なさったりして…。」

「なんでそんなこと知ってるのよ。だいたい可愛いなんてがらじゃないわ。」

 今まで誰にもそんなこと言われたことなかった。さすが杏は強いな。と言われるくらいで可愛いなんて。

「いいえ可愛いです。こんなに可愛らしいお方が初めての僕…いやわたしくしは…。」

 可愛いと連呼されどうしていいのか分からない杏は苦笑した。

「僕でいいわよ。堅苦しいの嫌いだし。杏様もやめて。杏でいいわ。」

 その言葉にぎゅっと抱きしめられる。抱きしめられても今さら拒否する理由もなく人肌に甘んじる。

「杏…可愛いよ。」

 抱きしめられたまま言われた、甘い声に鼓動が早まる。杏はごまかすように話し始めた。

「でもなんで映画のこと知ってるのよ。」

「そりゃ天使ですから。」

 明るい声に杏の早まった鼓動はおさまっていった。一気に頭が冷静を取り戻す。

 そうだった。これはビジネス。仕事なのだ。

 結婚相談所なのだから私が結婚相手を見つけられるように仕向けているだけ。

 するりと腕の中から抜け出すとドンと押しやった。

「ありがと。もう大丈夫だから出ていってくれない?」

「でも…。」

 戸惑う智哉に背を向けて強く言い放つ。

「出ていって!」

 しばらく沈黙のあと、無言で歩き出してガチャッとドアが開いた音がした。

 杏は離された体を寂しく感じてその思いを消し去るように自分を強く抱きしめた。さっきよりも広く感じる室内に虚しさを募らせた。
< 5 / 98 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop