運命の人はいかがいたしますか?
 アパートを追い出された杏はブラブラとお店を巡った。
 そして何気なく家具屋に入るとベッドを見ていた。

 ベッド、二人だと狭いのよね。どっちも背が高いし…。

 今の現状を思い浮かべていると店員がにこやかに近づいて質問してきた。

「ご結婚ですか?」

 ダブルベッドのコーナーを見る杏を見れば当たり前の質問だろう。
 店員はにこやかなまま返答を待っている。

「い、いえ。そういうわけでは…。」

 逃げるようにベッドコーナーから立ち去った。

 結婚かぁ。

 もう三十歳。結婚を考えないわけではない。

 でも…。相手が自分のことを天使って言って、私に他の誰かを運命の人としてあてがおうとしている。
 そんな人に夢中になっていていいのだろうか…。

 まぁ今朝は珍しく「運命の人を僕にしませんか?」みたいなことを言ってたけど…。

 なんか誤魔化されるようにうやむやにされちゃったしな。

 杏は深いため息をついた。

 ずいぶん前にエルに言われた「ため息をつくと幸せが逃げます。」の言葉を思い出して苦々しく笑った。

 手が透けたのが気にならなかったわけじゃなかったが、朝日に目が霞んでしまったような気もする。

 「運命の人を僕に」という現実味がない言葉とともに現実のことじゃないような気がして考えないことにしていた。

 一人のお出かけは、どこを見ても何を食べても「エルに似合いそう。」「エルとも食べたいな。」そんなことばかり思う自分に気づいて驚いた。

 でも誰かを思って過ごすことが楽しくて幸せな気持ちになることが心地よかった。

 一人での買い物なのに一人の気がしない楽しい買い物になった。

 何軒かウィンドウショッピングをした後に、一軒の雑貨屋さんの前で足を止めた。

「かわいい…。」

 手に取ると天使をモチーフにしたストラップだった。
 二つでペアになっているそれはカップルで付けると一つの絵になるストラップだ。

 そういえばエルってスマホとか持ってるのかしら。でもさすがにペアって…。

 少し考えてからストラップを元の場所に戻した。

 もしも…万が一、二人で付けてもいい間柄になったらまた考えよう。

 そんな時が来るのかな…。今朝の言葉も幻っぽいしな…。

 急に現実に引き戻されると寂しい気持ちに支配されそうになる。

 でも今は楽しいから贅沢言っちゃダメよね。せっかくの買い物だもの。

 杏は頭を切り替えて、また買い物を楽しむことにした。
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