君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)



そして、結乃の側を通りかかったところで、


「……あっ!」


敏生はその手を滑らせて、ものの見事に書類を床に散らばしてしまった。


「あ~あ~、何やってんの~」


結乃が手を伸ばすよりも先に篠田さんが駆け寄って、テキパキとそれを拾い上げる。結乃はもう手を出す必要はなく、遠慮がちにその場を立ち去った。


「芹沢くんって、完璧そうに見えるのに、案外ドンくさいところがあるのね」


篠田さんがそう言いながら、敏生にもう一度書類を渡してくれる。すると、敏生はお礼を言うどころか、小さく舌打ちして呟いた。


「余計なことするんじゃねーよ。わざと落としたんだよ」

「え?……何?」


聞き取れなかった篠田さんが、敏生を覗き込む。でも、敏生はそれに応えることなく、素っ気なく背を向けると自分のデスクへと戻って行った。


そんな二人の様子を、結乃はフロアの端から見守った。激しい言葉を投げ合いながらも、真剣に本音で向かい合うことができる二人……。


――……ああ、私も。あんな風に芹沢くんと一緒に仕事ができたらなぁ……。


一緒の会社に勤めているだけでも幸運なのに、敏生が他の女子社員と仕事をしているところを見てしまうと、どうしてもそんな願望が頭をもたげてくる。


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