君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
……と、その時、パンプスの音が響いて、一人の女性がエントランスのドアを開いて駆けていった。
見覚えのある、あの後ろ姿……。
結乃がその人を篠田さんだと判別するのと、篠田さんが傘を開き敏生に向かってそれを差しかけるのと、ほぼ同時だった。
突然のことに、呆然とする結乃。立ちすくむ足元から全身を覆い尽くしていく、どうしようもない後悔。ぐずぐずして勇気を出せなかったばかりに、高校生のときと同じ結果を生んでしまった。
――私って、ホントにダメなヤツ……。こんなグズグズしてたんじゃ、人を好きになる資格なんかないよ……。
あまりの情けなさに、結乃の目からポロリと涙がこぼれ出た。
とても動き出せそうになかったけれど、ここでいつまでも泣いているわけにはいかない。結乃は気力を振り絞って傘を開くと、駅への道を歩き出した。
敏生と篠田さんも、この道をたどって駅へと向かったのだろうか。……それとも、二人でどこか飲みにでも行ってしまったかもしれない……。そんなことを鬱々と考えながら、黙々と歩き続けると駅にはすぐに到着してしまった。