君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)



敏生は普段使っている駅。けれども、結乃にとっては慣れない駅。
ホームに降り立って歩き始める時、自分の足が震えているのを感じた。でも、ここまできたら後戻りはできない。

改札に向かう降車客の中に、敏生の背中を探し出す。彼を見失わないように、結乃は小走りで人々の間を縫って追いかけた。


改札を抜けた敏生は、駅の出口で立ちすくむ。依然として雨は降りしきっていて、傘のない敏生は空を見上げてため息をついた。

その敏生の後ろ姿を見つめて、結乃は息を呑んだ。体中が緊張して、どうにかなってしまいそうだった。だけど、早くしなければ、敏生はタクシーに乗ってしまうかもしれない。

今、勇気を出さなければ、また同じことを繰り返してしまうかもしれない……!


「芹沢くん……?」


結乃は思い切って、敏生の背中に声をかけた。

敏生の背中がピクリと固まった。そして、ゆっくりと振り返る。
そこにいる結乃を見つけて、無言のまま目を丸くした。結乃はそんな敏生の顔を見て、自分がここにいる不自然さを自覚する。


「あの……、電車に乗るときに芹沢くんを見かけて、……傘、持ってないんじゃないかと思って……」


まるで〝告白〟でもしているかのように、結乃の心臓がドキンドキンと跳ね上がって、かすかに声が震えてしまう。


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