君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
結乃が言葉を投げかけても、敏生は固まったまま結乃を凝視するばかりで、何も言ってくれないし、笑いかけてもくれない。その沈黙が、結乃にとっては永遠のように感じられた。
結乃がお節介を焼かなくても、傘なんて駅前のコンビニでも買える。不必要に接近してくる女の子を、敏生が毛嫌いして相手にしないことは、結乃だって重々承知している。
だけど、結乃は自分の決意を押し通すように、敏生に歩み寄ると自分の傘を差しかけた。
「芹沢くんのお家まで一緒に行って、それから私はバスで帰るから……」
そう言葉を付け足すと、敏生も結乃の意図を汲んでくれたのか、ようやく表情を緩めて、「……ありがとう」と一言言った。
歩き始めるとすぐに、結乃が傘を持っていては敏生は背を屈めなければならず、具合が悪いことに気がつく。
「俺が持つよ」
敏生がそう言って、傘の持ち手を預かろうとする。その刹那に手と手が触れ合い、結乃は密かに息を止めて固まってしまう。
高校生の頃からの〝夢が実現した〟と言っていい、敏生との相合い傘。だけど、結乃は動転していて、嬉しいのかなんなのか分からなくなる。
上ずった気持ちのまま、懸命に話題を探した結乃は、ほとんど無意識にそれを口にしていた。