君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
ホウキは二本持ってきたのに、オバサン事務員は、手を出さずに文句を言うばかり。こんな時に限って、誰も給湯室には寄り付いてくれず、結局、結乃が一人で散らばったお茶っ葉を掃いて集めることになりそうだ。
結乃がため息をついたとき、結乃が動かすホウキの音とは違うリズムが聞こえてきた。ようやくオバサン事務員が手伝ってくれる気になったのかと、結乃はチラリと目を上げる。
「………!!」
結乃は、その体勢のまま動けなくなった。目に見えていることがとても信じられなくて、ホウキを持ったまま立ちすくんでしまう。
「あら、芹沢くん!気が利くじゃない!」
オバサン事務員がそう言いながら、ホウキを持っている敏生の肩を叩いている。
結乃はハッと我に返って、再びホウキを動かし始めた。
突然のことに、心臓が跳ね上がってどうにかなってしまいそうだった。今自分は、掃除をしているのか、何をしているのか。ドキドキして意識が宙に浮いて、自分が自分でないみたいな感覚だった。