君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
来客は、上司とみられる中年男性とその部下らしい女性。部長も課長も笑顔を作りながらも、とても神妙な面持ちをしていて、その緊張感が結乃にまで波及してくる。
「貴社とは本当に長いお付き合いをさせていただいて、担当の芹沢さんにも大変良くお世話してくださってたのですが……」
口を開いた上司の口調は柔らかかったが、その声色には厳しさが漂っている。
結乃は、その上司の脇に回って会釈をし、その前のテーブルにお茶をそっと置く……。
「……単刀直入に申し上げますと、貴社との取引についてですが……」
会話の内容に、思わず結乃の意識が向いた瞬間、指が茶托の端に引っかかって、湯呑をひっくり返してしまった。お茶は勢いよく流れ出して、上司のズボンにかかってしまう。
「もっ、申し訳ございませんっ……!」
焦った結乃はとっさに謝りを入れたが、焦るあまりにお盆の上にあったもう一つのお茶のことを忘れてしまった。
「きゃあ!熱いっ!!」
部下の女性が飛び上がる。湯呑がお盆から落ちるときに、お茶を女性の頭からかけてしまっていた。