君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
それから、敏生の姿を探した。オフィスのデスクには姿が見えず、外回り用のビジネスバッグがあるので、外回りに出ているわけでもないようだ。
結乃はあちこち走り回って、フロアの端っこの休憩スペースの向こう、そこから出られる広々としたテラスに敏生を見つけた。
この寒い時期、こんな吹きっさらしのテラスを使う人間なんていない。敏生はそこに置かれている椅子に座って、一人ぼっちでうなだれている。
ガラスのドアを開けてテラスに出ると、思った通り身を切るような風が吹き渡っていた。
その寒風の中、結乃はそっと敏生に近づき、その背中に声をかけた。
「……芹沢くん……?」
それは、結乃が初めて、声に出して敏生を呼んだ瞬間だった。それが、こんな気持ちで呼ぶことになるなんて…。
結乃の声に、敏生はピクリと肩を動かして気づいたようだったが、振り返ることはしなかった。
「私……、芹沢くんの大事なお客様にとんでもない失敗して、芹沢くんの足引っ張っちゃって……、ごめんなさい」
敏生は見てくれなかったけれども、結乃は体を折り曲げて深く頭を下げた。