君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
・ 君の名前
次の日から、結乃はいつもの業務へ戻った。
営業1課で過ごした四日間は、仕事が忙しいだけじゃなく、ドキドキと気持ちの方も忙しかった。敏生と言葉を交わせられて、本当に夢のようだった。
……でも、これから社内で敏生を見つけても、目を合わせて会釈をすることなんてできない。
こんな自分が敏生の視界に入って、忌まわしい〝あの出来事〟のことを思い出してほしくない。
少し敏生に近づけたように感じていたのに、
『君は何の関係もない』
あの言葉を思い出すと怖くて……、結乃はもう敏生に近づけなかった。却って、以前より遠いところにいる人になってしまった。
でも、敏生に対する想いは……、以前よりも強くなった。遠くから見つめているだけで満たされていた心は、敏生を求めて止まなくなった。敏生が心に過るだけで痛みを感じ、切なくて切なくて涙が滲むようになった。
こんな恋煩いをしていては、何をしていても心は満たされない。
「え〜っ!?温泉旅行、行けなくなった〜?」
「そうなの。祖父の法事があるのを忘れてて……」
職場の同僚たちと計画して、この週末に行くはずだった旅行も、その気になれず、結局結乃は嘘をついて断ってしまった。