君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
芽吹く前の木々の枝々の上、青い空に白い雲がゆっくりと流れていく。
そんなありふれた風景を見ても、敏生のことを思い出して、心が震える。敏生のことを思い出すと、他のことは何も考えられなくなり、目に映るものはすべて虚ろになる。
涙が零れてしまいそうになり、結乃がとっさにうつむいたときだった。
どこからやって来たのか、一匹の猫が結乃の足元にすり寄ってきた。その猫はまるで慰めるように、結乃の足にまとわりついている。
「なぁに?君も、寂しいの?」
結乃が抱き上げてその頭を撫で、顎の下をくすぐってやると、猫は満足そうに喉を鳴らしてくれる。
そういえば、あのとき敏生に拾われていった子猫も、この猫とそっくりな茶トラの猫だった。
――高校生のあのとき、勇気を出して芹沢くんに話しかけてたら、もう少し違う〝現在(いま)〟になってたのかな……?
後悔しても現実は変わらないけれど、そう思ってしまうほど、結乃の恋は前にも進めず後ろにも戻れなかった。
物思いに耽ってしまった結乃の腕の力が緩み、茶トラの猫はスルリと腕をすり抜けていってしまう。