君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
社食で隣り合っても、何も話しかけてきてくれない敏生が、実は結乃のことが好きで、彼の方からアプローチしてきてくれる…なんて、あり得るわけがない。結局何も進展しないまま、きっと来年の二月を迎えてしまっている。
悶々と考えながら、結乃はチョコレートの試作を繰り返した。
丁寧にテンパリングをして、そこに『好きです』という想いを込める……。
いくら心の中で語りかけても、この想いが伝わらないのは十分に分かっている。こうやって思い迷っている間に、浮いた話がない敏生にも彼女ができてしまう可能性がある。彼は成績優秀なエリートだから、会社の重役の娘さんとの縁談話が出たっておかしくない。
そうなってしまった時のことを想像しただけでも、結乃の目には涙が滲んでくる。
誰よりも長い時間、敏生を想い続けているのは、この自分だと思った。彼のハイスペックな要素など打算せず、誰よりも純粋な気持ちで恋をしているのは自分だと思った。
出来上がったチョコを一つ手に取って、口に入れてみる。
「…うん。おいし…」
結乃は真夜中のキッチンで、ポツリと一言つぶやいた。