君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
「…あ、降りなきゃ」
席を立つ結乃に、今度は敏生の方が追いかけるように声をかける。
「電車に乗る駅の、改札のところで待ってて!」
結乃はドアのところで振り返ってうなずくと、電車を急いで降りた。ドアが閉まり、ドアのガラス越しに二人が視線を合わせる一瞬にも、電車が動き始める。
一陣の風とともに電車が走り去った後、結乃はホームに立ち尽くした。買い物をしたレジ袋を持つ手が、汗ばんで震えている。ドッキンドッキンと胸の鼓動だけが激しく耳に響いて、現実と夢との境目が分からなくなっているような感覚だった。