君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
一方の敏生も、結乃とした約束はきちんと覚えていた。ちゃんと定時に帰れるように段取りをして、予定通りに仕事も終わり、会社を出ようとした時のことだった。
「…せ、芹沢先輩!助けてください~!!」
後輩の河合が泣きついてきた。なんとなく嫌な予感がした敏生は、適当にあしらって帰ろうとしたのだが…、
「先輩、…俺、超ピンチなんです~!明日のコンペで使う資料を準備しとけって言われてたのに、一週間後だと勘違いしてて、何もしてないんですぅ~」
と、半泣き状態で取り縋られた。
「俺じゃなく、お前のチームリーダーが助けるのが筋だろ?」
「鳥山さんは、今日は彼女とデートするって、半休取って帰ってるんです~。頼れるのは、仕事のデキる芹沢先輩しかいないんですよぉ~」
「…………」
ここで、河合を見捨てて帰ってしまうこともできる。だけど、河合だけでは十分な準備はできず、多分コンペは失敗してしまうだろう。河合が責められるだけにとどまらず、みすみすチャンスを逃してしまうことになる。
この状況を知っていながら、見て見ぬふりをするのは、営業マンである敏生にはできなかった。