君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
・ 最終電車
駅に着いた結乃が、時間を確認するためにスマホを取り出すと、敏生からメールがきていた。
ドキリとして、期待と胸騒ぎが交錯する。スマホを手早く操作してそれを開いてみると、こういう時の悪い予感は、怖いほどよく当たっていた。
『急な仕事が入って、今日は一緒に帰れなくなった』
改札前の雑踏の中で、結乃はスマホの画面を見つめたまま、立ち尽くしてしまった。
以前、社交辞令的に交換だけしていたメールアドレス。勇気のなかった結乃からも、無愛想な敏生の方からも、一度もやり取りをする機会がなかった。その敏生からの初めてのメールを、こんな形で受け取ることになろうとは。
ありったけの勇気を出して頑張った結末が、こんなふうに終わってしまうなんて……。
こんなことなら勤務時間の合間に、渡しに行っておけばよかったのかもしれない。
不完全燃焼。
持って行き場のない感情が、結乃の胸の中に渦巻いて、涙がジワリと染み出してくる。