君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
「芹沢くんがチョコを嫌いだって知ってたけど…。どうしても今日、これを渡したくて…」
その中にある物が何かを覚って、敏生は息を呑んで固まった。暑くもないのに、見る見る間にその顔が真っ赤になる。
そして、改まるように姿勢を正すと、細かく手を震わせながらペーパーバッグを受け取った。
「……チョコ、実は嫌いじゃないんだ」
恥ずかしそうに告白する敏生のその言葉は、〝ありがとう〟の代わりだった。その真実を聞いて、結乃が目を丸くする。
「……え?どういうこと……?」
首を傾げる結乃の顔を、敏生はロクに見ることができない。
「…あっ!急がないと、もう終電が!」
と、敏生は話をはぐらかすように、時計を振り返る。すると、本当に時刻が迫っていて、悠長に話をしているどころではなかった。
並んで改札を抜けると、ホームに向かって無言で懸命に走る。敏生はもっと早く走れるはずなのに、結乃に合わせて走ってくれた。
階段を駆け下りている時、結乃が巻いていたマフラーが緩んでハラリと飛んでいった。