君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
「おい、芹沢!早く戻ってこい!」
先輩から声をかけられて、敏生は焦ってボールを捕まえると、急いでグラウンドへと戻った。散らかしたままの植木鉢のことは気になっていたが、練習が終わってから片付けようと思っていた。
しばらくして、遠くグラウンドから様子を窺ってみる。…すると、結乃がホウキを出してきて、散らかった土を掃除してくれていた。
その時の、ありがたいような申し訳ないような気持ち。そして、自分の中に起こったくすぐったいような感覚…。
きちんとお礼だけは言いたい。敏生はそう思っていたけれど、次の日もその次の日も、結乃を見かけても胸が高鳴るばかりで、結局話しかけることはおろか、目を合わせることもできなかった。…卒業までずっと。
それから、大学に進学しても、独特な女子を寄せ付けないオーラを漂わせていた敏生は、彼女なんてできなかった。それこそ、何度かバレンタインデーにチョコをもらうことはあったとしても、誰にも特別な感情を抱いたりしなかった。……この会社に就職するまでは。