君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
「お前、頼まれてた仕事を、よくもここまで放置してたな」
多少口は悪くても、敏生は河合を見捨てたりしない。
コンペについての河合の説明を聞いて、敏生は説明以上の理解をする。そして、河合に適切な指示を出す。本気になった敏生は、河合も目を白黒させるほど本当にすごかった。
お茶も飲まず、食事もせず、資料作りに没頭すること数時間…。
どうやら見通しが立ったので、敏生は後は河合に指針を示して、任せて帰ることにした。
「…え?!帰るんですか?」
河合が不安そうな声をあげる。
「もう終電の時間だ。お前と二人で泊まり込むなんて、まっぴらだからな」
そう言い残すと、敏生はオフィスを後にした。
社屋の外に出ると、更けた夜の冷たい空気が、容赦なく敏生に襲いかかってきた。
もし予定通り定時に帰れてたら、今ごろどうなっていただろう…。結乃と二人で食事にでも行けてただろうか。駅へ急ぎながら、そんな虚しい想像が頭の中に去来する。
――そんな上手いこと行くわけないか…。
3年間どうにもできなかったことが、いきなり順調に動いてくれるわけがない。そう思い直してため息をつき、駅の改札へと向かう。……と、その時。
コンコースの片隅にたたずむ、ひとりの女の子が目に入ってきて、敏生の心臓がドクンと反応した。