君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
でも、それでも結乃は帰ることができなくて、校舎の陰から子猫を見守って、誰かがその子を拾ってくれるのをひたすらに待った。
ニャーニャーと、子猫の声が響き渡り、何人もの生徒が足を止めて子猫の存在を確かめてくれた。
二人組の二年生の女の子たちは、子猫を抱き上げてしばらく遊んでいたけれども、結局元のマフラーの上に子猫を戻して、帰宅してしまった。
ずいぶん待ってみたけれども、誰もその子を連れて帰ってはくれない。
このままでは、あの子猫は凍えてしまう。子猫を見守る結乃の目に、涙が零れ始める。
――やっぱり私が連れて帰ろう……!
結乃がそう覚悟を決めて駆け寄ろうとした時、一人の男子生徒が子猫の前にたたずんでいた。
――それが、芹沢敏生だった。
敏生は子猫を抱き上げ、愛おしそうに撫でてやっている。それから、マフラーを拾い上げるとそれに子猫を包み、ブレザーの懐に入れた。そのまま大事そうに抱えながら、その場を立ち去った。
普段は無愛想な感じの敏生が見せてくれた、子猫に対する柔らかい表情。
これが、結乃の中に淡い想いが芽生えた瞬間だった。